弁護士を講師として、『高齢者虐待防止について』というテーマで研修を受けてきた。それによると、虐待事例は水面下のものも合わせると相当な数に上るとのこと。
そうだよなあ。私の担当する利用者の娘様がそれはそれは献身的に介護されているが、あまりに頑張りすぎるから、すぐに疲れてしまい体調を崩してしまう例がある。ショートを毎週定期的に利用するプランにしている為、娘様も「ああ、明日からショートだ!もうひと頑張り!」といつも思っているそうだ。
介護は、疲れる。先が見えない。赤ちゃんは日に日に成長するが、高齢者の介護の先にあるのは、「死」だけだ。それが、一年先なのか、5年先なのか、10年先なのかわからないところに、介護の難しさとむなしさがあるのだろうか・・・・介護者は長い長いトンネルに入りこんだ気分になるのだろう。
また、認知症が出現すると、息子や娘は、在りし日の面影がどんどんくずれていく現実に耐えられずに、ついつい暴力をふるってしまうのだろう。家族だから、耐えられないのだ。私の利用者の半分以上は認知症を患っているが、どの利用者も言動や行動に愛きょうがあり、「かわいい!」と思ってしまう。他人だから、そう思える。無責任にそう思える。
だから、介護を一人で担っては駄目なのだと思う。ケアを介護スタッフに依存することは、絶対に必要だと思う。
今や、要介護の高齢者は、金のたまご。あちこちに有料の老人ホームや住宅型ホームや高齢者賃貸住宅が乱立して、高齢者を奪い合っている。経済的に豊かな人は、どんどん入居が決まる。入居が必要と判断しても、低所得者が入れる特別養護老人ホームは300人待ちが普通。なんだかおかしい、この環境。
たしかに、家族の介護力が低下しているのは、肌で感じることが多い。ここ数日の間に、数人の利用者の入居が決まった。
高齢者は、終末期をどこで過ごすのが幸せなのだろう。金持ち、貧乏人に関係なく、本人の望む場所で人生の最後を満足してすごしていけるようなサポート体制が国のシステムとして出来ればいいなあ。
宇野 恵子
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