吉田ケアマネが担当していた利用者が先日亡くなられた。
奥様はパーキンソン病の要介護5。それを要介護1の認定が出ているご主人が介護されていた。もちろん、ご主人一人では到底介護は出来ないので、たくさんのサービスを入れて、支援してきた。
奥様は体は動かないが、口は達者。おまけに妄想があり、突拍子もないことも言ったりしていた。ご主人がよく奥様を叱る姿を目撃していた。
通夜も葬儀も終わった本日、吉田ケアマネが言った。
「ご主人がどうされているか気になるので、訪問してみます。」
事務所に帰ってきた吉田ケアマネに様子を聞くと・・・・
自分一人となった部屋にポツンと座り込んでいるご主人。「○○、吉田さんがきてくれたよ・・・」と遺影に話しかけた。すっかり元気をなくしているご主人と奥様との思い出を語ってきたそうだ。喧嘩する相手がおらんて、こんなに寂しいものかねえ』としみじみと話され、涙ぐまれていたそうである。
寝たきりであろうと、喧嘩する相手であろうと、ただ、そこにいる。ただ生きている相手がいることが、人間にはいかに必要なことなのかを実感する。
うちの父もそうだった。母に優しい言葉一つかけず、傍若無人に振る舞い、子供の目から見ても母が可哀想だなあ・・・と感じていた。ところが、母が突然脳出血で亡くなるや、父はいっきに老け、しょぼくれ、
「夢に出てこいって、いつも思うのに、夢にも出てきてくれん・・・」とうつむき加減に涙をぬぐった。
利用者を熱心に介護されているあの奥様、この娘様。もしものことがあった時に、どれほどの喪失感が襲ってくるだろうか・・・と今から心配している。
宇野 恵子
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