私の利用者に熱心なクリスチャンがいる。訪問すると、たいてい聖書をひろげており、口癖は、「主、イエスよ。主、イエスよ。」といつもつぶやいている。ゆっくり話をきいていると、何時間でもイエスについての尊い話が聞ける。
すごいなあと思う。ここまで、信仰にのめり込むことが出来るんだあ・・・といつも感心している。問題は、自分で体を動かそうとしないことがあり、その理由が、
「イエスから、あなたは、もう頑張る必要はない、と言われました。」というもの。
いいことも、悪いこともすべて神のおぼしめし・・・その理由があまりに現実とギャップがある時は、私も、にわかクリスチャンとなり、
「神はそんなこと望んでいないと思いますよ。」とゆったり語りかけている。
命より、大事な信仰。だからその思いを大事にしている。信仰は心のささえであることも十分承知している。しかしなあ・・・・
「毎朝、祈ると神が身体に入ってきて、力を与えてくれます。」と言われると、
『力を与えているのは、一日三回入るヘルパーではない?入浴やリハビリしてくれる看護師ではないの?』と心の奥底で、無神論者の私がそっと、そっとつぶやいている・・・
な~んて、罰あたりな私・・・・
宇野 恵子
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